今回は平成最後の世田谷ボロ市と名物の代官餅をご紹介します。ボロ市は毎年12月15日・16日と1月15日・16日の2回開催されますが、そこには意外な理由がありました。今年は週末とぴったり重なったため代官餅の行列は昨年以上でした。
今年は2日間とも週末に重なっている
世田谷ボロ市は毎年12月15日・16日と1月15日・16日の年に2回開催されるものと決まっています。
世田谷中央病院から西に約500m延びる通称「ボロ市通り」が会場となっており、開催期間中には700近くの露店が軒を連ね、各日20万人近くの人で賑わいます。
ボロ市と名付けられてはいますが、現在では古着だけでなく日用品、骨董品、古道具、食品、神棚等々様々な物が売られています。
平日でも大変に混雑するイベントですが、今年は12月15日・16日がしっかり週末と重なっており、さらに混雑することが必至です。
年に一度の「歳の市」だったボロ市
世田谷ボロ市は今年でなんと440回という歴史を持つイベントで、東京都の無形民俗文化財に指定されています。
1578年の掟書が起源
1578年に小田原城主北条氏政が掟書を発してこの地に市を開いたことがボロ市の起源です。当時世田谷は小田原と江戸を結ぶ矢倉澤往還の中間に位置した交通の要所であり、市はその振興策でした。
この市は誰もが自由に出入りできて市場銭を徴収されない楽市で、掟書には一の日と六の日の毎月六日開かれる六斎市であることが定められています。
世田谷の衰退により年に一度の「歳の市」に
北条氏の滅亡後に関東を支配した徳川家康は江戸を起点とする五街道を整備したため、矢倉澤往還にかわって東海道が交通の中心となり世田谷は衰退します。その後は近郊農村の需要を満たすため農具市として年末に開かれる歳の市に形を変えて存続しました。
「ボロ市」が正式名称に
ボロ市はもともと農村で使用する農具市でしたが、年末であることから近隣住民が正月の準備をする場ともなり、商品としては農具の他に正月用品や日用品を扱う店が多かったと言います。
明治の後半になると、大都市東京の古着屋・屑屋が集めた古着・ボロの割合が大きくなって「ボロ市」と呼ばれるようになり、戦後になって正式名称となります。
年2回開催になった意外な理由
年1回開催だったボロ市が現在のように年2回となったことには意外な理由がありました。
強引に実施された太陽暦への切り替え
元々は年末に1回だけ開催されていたものが明治5年に暦が太陽暦に切り替わると1月にも開催されるようになりました。
それまで使われていた暦から現在の太陽暦への切り替えというものはかなり強引に行われたもので、「明治5年12月3日を明治6年1月1日として新暦に切り替える」という決定が発表されたのは何と明治5年11月9日です。12月が2日しかないことから、この年の市は臨時に11月25日に開催されました。
旧暦で生活する人にも配慮して年2回開催へ
十分な検討もされず突然の変更だったため国民に定着するまで時間がかかり、農村では切り替え後も依然として約1ケ月遅れの旧暦で年中行事が行われていました。新暦で年末にあたる12月15日は旧暦ではまだ11月中旬で、これでは正月の準備をする「歳の市」になりません。そのため旧暦で生活する人にとっての年末である1月にも開かれるようになったのです。
「代官餅」は2時間待ち
世田谷ボロ市といえばなんといっても代官餅です。今年も行列に並びました。
年に4日しか発売されない「代官餅
世田谷ボロ市名物の代官餅はつきたての餅を6個パックに入れて味付けしたもので、「あんこ」「きなこ」「からみ(大根おろし)」の3種類あります。
1975年に地元商店街の手によって生まれましたが、当時は代官屋敷の駐車場で発売していたためこのように呼ばれたようです。
完全手作りであるためきめが細かくて柔らかく、しかも年に4日しか発売しないということもあって常に長い行列ができるような超人気商品です。現在では代官屋敷の正面の世田谷信用金庫の駐車場で販売しており、12月16日が土曜日だった昨年は1時間半並びました。
週末と重なったので例年以上に混雑していた
地元商店街の方の完全手作りとはいえ何の変哲もない餅なのですが、ボロ市で行列に並んで代官餅を食べるということが私にとっての年末の恒例行事となってしまっており、今年も出かけることにしました。
今年は開催日が週末と重なっており、例年以上の混雑となっていることは確実です。本来ならできるだけ早く来場して列に並ばなければいけなかったのですが、何かとモタモタしてしまった結果到着が昼前という最悪のタイミングとなってしまい、ボロ市通りは歩くのも大変な状況になっていました。
今年は2時間以上並んだ
例年通りボロ市通りに「代官餅」の幟がかかっています。
世田谷信用金庫の駐車場への通路に3列の行列ができていたのは昨年と変わりません。
行列は通路から前面道路まで延びて道路両側にさらに3列ずつの列ができており、この時点で2時間以上並ぶことを覚悟しました。(昨年は西側に2列、東側に1列だった)「最後尾はこちら」という看板に並んだのは11時半です。
東側の列を抜け、西側に列に加わることができたのは12時5分でした。
駐車場に通じる通路にできた3列の最後部に入った時が12時40分です
一番左の列に入った時には13時20分でした。
いよいよ駐車場の中に入りました。ここは風の通り道になっており、とにかく冷えます。
いよいよ順番が来ました。
「あんこ」「きなこ」「からみ(大根おろし)」の3種類ありますが、1パックその場で食べきるということになるとどうしても「からみ」ということになります。この時点で14時45分だったので、トータルで2時間15分並びました。
沖縄料理店にも寄ってみた
例年は代官餅だけで満足していたのですが、今年は以前から気になっていた沖縄料理店にも寄ってみました。沖縄そば(ソーキそば)は有名ですが、これまで一度も食べたことがなかったのです。
ソーキそばと泡盛のお湯割りです。ボロ市というカオスの中ではじっくりと味わうことはまず不可能ですが、それでも甘辛く炊いた豚のスペアリブと出汁がすばらしくおいしかったと思います。
明日は更なる混雑が予想されます
代官餅の行列に2時間15分並んでいる間、「今日はやめた。明日にしよう」という声が周囲から何度も聞こえてきました。日曜である明日は今日の行列に並ぶことを断念した人で朝から混雑することが予想されます。例年は夕方には売り切れになる代官餅ですが、「今年は予想できない」とスタッフも話しており、なるべく早めの来場をお勧めします。