「薩摩富士」と呼ばれる開聞岳は指宿枕崎線から見た姿が一番美しいと思います。指宿枕崎線の特徴と乗り方、開聞岳の見え方をまとめました。
- 指宿枕崎線と開聞岳
- 二泊三日の二日目を丸ごと使う
- ブルートレインの終着駅だった鹿児島中央駅
- 指宿枕崎線の意外な特徴
- 指宿枕崎線の乗り方と開聞岳の見え方
- 沿線から見た開聞岳
- 開聞岳には悲しい歴史もあった
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指宿枕崎線と開聞岳
開聞岳は日本百名山の1つに認定されている標高924mの火山で、円錐形の美しい姿をしていることから別名「薩摩富士」とも呼ばれています。九州最南端である薩摩半島のさらに最南端に位置しているためなかなか見ることが出来ない山ですが、幸いなことに御朱印集めで釜蓋神社と枚聞神社を巡る際にその姿を存分に堪能することができました。

薩摩半島を旅していると様々な場所で開聞岳を見ることができ、その中で最も美しく思えたのがJR九州の指宿枕崎線から見た姿です。
二泊三日の二日目を丸ごと使う

指宿枕崎線は鹿児島中央から枕崎まで薩摩半島のへりに沿うように線路が敷かれており、地図だけ見れば素晴らしい車窓を楽しめる路線だと思ってしまうのは仕方のないことでしょう。

一方で指宿~枕崎間は鹿児島県内のJRでは最大の赤字路線で、山川を過ぎると運行本数はガクッと減ってしまうことも知っていました。(写真は頴娃大川駅の時刻表。)
この路線には興味があったので鹿児島を旅すると決めた時点で是非乗りたいと思っていたのですが、頴娃大川の釜蓋神社と開聞の枚聞神社を巡ってその日のうちに鹿児島中央まで戻ってこられるか危惧していました。しかし時刻表と地図を突き合わせてみるとなんとこれが可能で、そうなるとJR日本最南端の駅として知られる西大山駅や開聞岳も見ることができます。
そこでニ泊三日の二日目を丸ごと薩摩半島に使うことにしました。
ブルートレインの終着駅だった鹿児島中央駅


鹿児島中央駅は南北に伸びる在来線ホームに西から九州新幹線が直角に突き当たる独特な構造となっています。九州新幹線の開通までは「西鹿児島」という駅名で、東京を発車した寝台特急「はやぶさ」と「富士」は長らくこちらを終着駅としていました。(「はやぶさ」は鹿児島本線、「富士」は日豊本線経由。)


地方の駅なのに随分とホームが長いのはその名残でしょうか。


終点の枕崎まで運行される便で使用する「キハ40系」という車両は国鉄の気動車全盛時代の主力だったとんでもなく古い車両らしく、JR九州ではこの区間でのみ使用されています。(「まだ現役で力走中!」といった表現をされていました。)
これから頴娃大川まで2時間31分の間、2両編成のこの列車に乗車します。ありがたいことにトイレは付いていました。
指宿枕崎線の意外な特徴

指宿枕崎線など「スーパーローカル線」だと思って甘く見ていたらとんでもなく、鹿児島市内南部の商業・住宅地帯を通ることから途中までは相当混雑していました。エアコンの効きが悪く、生ぬるい空気を扇風機がかき回しています。

郊外に出ると木の枝や草が線路内にまで侵入し、走行中の列車の窓をバシバシと叩く区間もけっこうありました。

車両が古いこともあって、窓が汚れているのはどうしようもないことなのかもしれません。しばらくは錦江湾に沿って走るため左側の席なら桜島が見えていたはずなのですが、外がはっきりと見えないのでよくわからないままでした。

「JR最南端の有人駅」山川駅を過ぎるとそれ以降は全て無人駅です。何と終点の枕崎駅も無人駅なのだそうです。
管理人渾身のまとめ記事(記事は下に続きます)
指宿枕崎線の乗り方と開聞岳の見え方

指宿枕崎線では無人駅では2両編成の後ろの車両のドアは開かず、前の車両から乗り降りします。前の車両の後ろ寄りのドアから整理券を取って乗車し、降りるときは運転席の後ろに設けてある運賃箱に運賃を入れて前から下車します。交通系ICカードは全区間利用できません。
揖宿を過ぎるともう車内はガラガラで、弁当も周囲を全く気にせず食べることができます。窓が曇りガラスのようになっているため、開聞岳がどう見えるかだけが身になっていました。

西大山駅ではどの列車も2分間停車してくれるようなので、乗客はホームに降りて記念写真を撮ることができます。

西大山駅のホーム上が開聞岳の一番のビューポイントなのではないかと思っています。



この辺りになると多くの客が窓を開けており、しばらくの間は進行方向左側の席は開聞岳が撮り放題になりました。
沿線から見た開聞岳

頴娃大川駅はここだけ切り取れば十分に「秘境駅」といっても通用するのではないでしょうか。

踏切の反対側を見ると線路の向こうに開聞岳が見えました。

お詣りした釜蓋神社からは海越しの開聞岳が見えます。

枚聞神社の最寄り駅は開聞駅です。周辺環境に完全に溶け込んでおり、ホームというより土手と言った方がぴったりします。

その名の通り開聞岳山麓に位置しており、駅前の通りに出るとその堂々たる姿が目の前にありました。

枚聞神社は開聞岳の北側の山麓に鎮座する神社で、元々は開聞岳をご神体とする山岳信仰に基づいていた神社であったと考えられています。


帰りは枚聞神社前から山川駅までバスに乗り、その車中からも薩摩富士にふさわしい姿を何度も拝むことができました。
開聞岳には悲しい歴史もあった
今年は終戦80年ということでそれに関連したニュースがよく流されており、その中に開聞岳に関するものもあって驚かされました。
薩摩半島の知覧には先の大戦中に特攻隊の基地が置かれており、沖縄に向けて出撃した隊員が最後に見る本土の景色が開聞岳だったといいます。
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